アマゾン川,遥かなる無の世界を下る。
「南米」と聞いて真っ先に思い浮かぶ国と言えば,ブラジルだという人も多いのではないだろうか。地球上で日本から最も遠い国の1つであるこのブラジルだが,かつては多くの日本人がこの国に移り住んだ歴史もあり,日本との関係は非常に深い上に日本人への感情もとても良い。
そんなブラジルを語る上で,欠かすことのできないシンボルがある。それは言わずと知れた大河川,アマゾン川である!アマゾン川と聞くとブラジルだけを思い浮かべる人も多いと思うが,エクアドルやペルー,コロンビア,ボリビアなどなど,実に多くの国を流れているのである。さすがは世界最大の流域面積を誇る大河だ。
南米を旅していた僕は,このアマゾン川には真っ先に行こうと決めていた。もちろん見るだけではなくリアルな体験を求め,事前に調べてみると,かなり上流からアマゾン川を船で下ることができるという情報を入手した。そして,僕にはもう1つ,行ってみたい南米の小さな町があった。それはアマゾン川の上流に位置する町イキトスである。このイキトスは,他の町から道路がつながっておらず,船で行くか飛行機を使用するしかないという,まさに「陸の孤島」とも言うべき町なのだ。
僕はこのイキトスから船に乗り,アマゾン川を下っていこうと決めた。アマゾン川中流域に位置するブラジルの大都市マナウスを目的地とし,ボートに乗り込む。途中でコロンビアを経由し,その行程は5泊に渡る壮大な川下りである。
ちなみにイキトスからマナウスまでの直線距離は,日本地図で置き換えると,なんと東京から北海道最北端の稚内までの距離とほぼ同じである。別の地名でいうと,西方向では韓国のソウル,南方向ではなんと奄美大島にまで到達してしまう。それだけでも,アマゾン川がいかに大きな川であるかが想像できると思う。
皆さんは,アマゾン川と聞いてどんなことを思い浮かべるだろうか。手つかずのジャングルが目の前に広がり,冒険に心躍るようなイメージだろうか。巨大な蛇やワニやピラニアが生息する危険と隣り合わせのイメージだろうか。僕が感じたアマゾン川,それをひと言で例えるならば,ただひたすらに「無」の広がる世界だったのだ。
ペルーからコロンビア,そしてブラジルに入国した僕は,ボートから大きなフェリーに乗り換え,一路マナウスを目指した。購入したのは,当然一番安いチケット(ふじもん先生のお約束)。この最安のチケットだと,なんと寝る場所がない。ではどうするかというと……そう,写真のように,みんな空いているスペースにハンモックをかけ,そこで眠るのである。
一見するとワイルドに見えるかもしれないが,これがまたチョー心地良い!そしてこのハンモックとアマゾン川の景色が,無限の「時の流れ」を教えてくれる。船の上には何もない。ただひたすらに,ハンモックの上でのんびりするしかないのだ。外を眺めてみる。そこには無尽蔵に広がる熱帯雨林と,茶色く濁ったアマゾン川の水が悠々と流れている。
ふとウトウトし,時計を見てみる。30分ほど時間が経っていた。しかし目の前に広がるアマゾン川の景色は,何も変わらない。この船は本当に動いているのか?そんな疑念すら沸いてくる。
アマゾン川の流れとは,そういう世界なのだ。それほどまでに,広大な世界なのだ。無限の「時の流れ」と遥かなる「無」が,そこには存在していた。
皆さんはTVもゲームもマンガも本も無く,外へ遊びに行こともできない日が続くとしたら,どんな風に過ごすだろうか。面白いことに,僕はそんな世界に身を置いていると,さまざまなことが頭をよぎるのである。良いことも悪いことも,過去のことも未来のことも,思い出したくもない昔の思い出も,ワクワクするような自分の夢も……。
その感覚は,僕には瞑想に近いように感じられた。目の前に広がる遥かなる大自然の中で自分の無力を感じ,ただひたすらそこに自分の心を置く。簡単なようでそれは恐ろしいほどに難しく,不思議な感覚に襲われるのだ。
僕は,皆さんにもそういう世界に一度は身を置いてほしいと思っている。忙しい日本に生きていると,今の自分の在り方を問う機会やこれからの自分を見つめる時間なんてなかなか持てない。僕はこのアマゾン川の流れの上で,「自分」というものを嫌というほど考えさせられた。
別に誰かに命じられているわけではない。しかし,アマゾン川の流れに身を委ねていると,自然と自分自身と向き合わされてしまう。モノが溢れる日本でこんな経験はないだろう。そして,グローバル化や国際化が叫ばれているこの時代だからこそ,自分と向き合う時間が重要だと僕は思っている。グローバルな時代だからこそ,大切なものは足元にあると僕は確信している。アマゾン川の「無」の時間は,大切なことを僕に教えてくれた。
アマゾン川中流の大都市マナウスで僕は船を降りた。マナウスはかなり大きな町で,今までのアマゾン川の「無」の世界とは違い,人々が生活するためのエネルギーが市場に溢れている。アマゾン川は,流域に暮らす人々へ恩恵を与え続けているのだ。そして日本ではほとんど知られていないが,このマナウスにもたくさんの日本人移住者が暮らしており,マナウスの農業の発展に多大なる貢献をしてきたという。
マナウスには,なんと柔道教室まである。僕は柔道場を見学させていただいたのだが,稽古の後,指導をしている先生とお話をすることができた。
「日本から遠く離れたマナウスの地で柔道を教えることの意味とは何なのでしょうか?」僕は思い切って,そんな質問をぶつけてみた。すると先生からは,こんな答えが返ってきた。
「僕はね,日本の『道』を伝えていきたいんだ。マナウスの日系人の若者も,かなり多くの人が日本語を話せなくなってきている。だからこそ,僕は日本の心を残していきたいんだよね。」
そして,こんな話もしてくれた。「しかし最近の若者は,ものを大切にしなくなった。僕がマナウスに来たときは,本当に何もなかったんだ。目の前のもの1つひとつを大切にする気持ちも,柔道を通じて教えていきたいんだよなぁ。」と。
それはシンプルな話だったが,その内容は深かった。遥かなるアマゾンの地でも,僕は日本の存在,日本人の在り方を深く問いかけられた気がした。
アマゾン川の流域の町では,どこでもアマゾン川ツアーを開催している。その気になれば個人でもアマゾンの奥地へ入ることは不可能ではないと思うが,それはかなり危険である。
なぜなら,アマゾンに広がる密林は想像を絶する規模であり,道標も何もない。さらに,日本では想像もつかないような生き物や危険な虫(特にマラリアを媒介する蚊や吸血性のダニなどには要注意)も数多く存在する。場所にもよるが,川の中にはワニやピラニアも生息している。
目を見張るほどの美しい大自然と同時に,そんな危険性も存在しているのがアマゾンである。なので,しっかりとしたガイドと共に奥地へ入っていくのがよい。
遥かなる「無」と同時に,色々なアクティビティも楽しめるのがアマゾン川。ピラニア釣りをしたり,川イルカと泳いだり,なんとワニ釣りまで楽しめる。また,小型の船でジャングルの奥地まで入っていくことも可能だ。ちなみに僕はジャングルの奥地の夜で,気が狂いそうになるほどの蚊の大群に苦しめられたが……,そんな大自然での体験こそが本当に貴重な人生の糧になっている。
さまざまな顔を持つアマゾン川。「よし,明日行ってみよう!」というわけにはいかない場所ではあるが,アマゾン川は本当にたくさんのことを教えてくれる先生なのだ。
一方で,私たちは知っておかなければならない。このアマゾンの熱帯雨林がすさまじい勢いで破壊されている現実を。そしてそれは,私たち日本のような先進国といわれている人々の生活に深く深く関わっているということを。