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中米

パナマ

アルゼンチン

救いがたひんの差~パナマシティのまちみから見えてくるもの~(パナマ)

 もし,学校のじゅぎょうで「中米の国をあげて下さい」と聞かれたら,みなさんはいくつ答えられるだろう。下手したら,大人だって1つも答えられない人がいるかもしれない。それくらい,中米といういきは日本人にとってみのないいきでもある。
 そんな中でも,パナマという国はかくてきすぐに思い出すことができる国ではないだろうか。なぜなら,この国には太平洋と大西洋をつなげるだいうん,あのパナマうんがあるのだから。しかし,うらを返せば「パナマ」という国で,パナマうんの他に何かをおもかべる人はほとんどいないだろう。

 そんなパナマの首都,パナマシティが今回の話のたいである。ほとんどの旅人は,あるていは街の宿じょうほうを仕入れておくのだが,このパナマシティは,なかなか良い旅人向けの宿がないのだ。
 ぼくは1つだけ目星をつけておいた安宿に向かった。しかし,なんと!まさかのえいぎょうストップ!ここまでは順調にどうできていたのだが,ぼくほうれてしまった。  時間はすでに午後4時。初めて来る国の初めての町で一人夜をむかえるのはけたい。ここからぼくの宿さがしのほうろうが始まった。

 町の地図だけはあったので,とりあえずメインストリート沿いを歩き回り,宿をさがすのだが外国人のバックパッカー向けの良い宿が全然見当たらない。「これはさすがにまずいな」ということで,ぼくじゅうけつだんを下し,タクシーの力をたよることにした。「この近くで一番安い宿に行ってくれ」と話し,タクシーが進んでいった先は・・・。
 「あれ・・・?」そう思っている間にそのまちみが,どんどんまずしい世界に変わっていった。かたことの英語で,運転手のおじさんは話してくれた。「安い宿に行きたいんだろ?このあたりの宿は安いけど,治安も悪いから要注意だよ。」と。

 ぼくが最初にまろうと思っていた安宿は,かくてき治安も良くゆうふくな人々が住むいきだった。そこからたった数分タクシーで走っただけで,その景色は一変する。
 そう,これが中米の,いや,開発じょうこくしんこう国と言われている国のげんじつだ。そのひんかくはんではない。それはパナマにかぎったことではなく,世界の多くの国のいわば「じょうしき」なのである。日本という国は,ある意味では「じょうしき」なげんじつの中に生きている国と言えるかもしれない。

 パナマシティのきゅうがい。そこは絵にかいたような「ひんこんそうが住む都市部」であった。スラムではないのだが,建物は古く,人通りも少ない。けんじゅうを使ったごうとうや殺人けんひんぱんに発生するという。タクシーの運転手のちゅうこくのとおりの場所であった。
 結局ぼくはそんなきゅうがいから少しだけ外れた場所で,何とか良い宿を見つけることができた。今にして思えば,それは本当にラッキーだった。しかし数日後,ぼくはこのパナマシティの「かくげんじつ」をさらに思い知らされることになる。

 ぼくはJICA(こくさい協力こう)にねてかられんらくをしており,パナマシティで日本人がえんをしている小学校への見学をお願いしていた。その学校は市街地,いわゆる新市街の中にある。たくさんのこうそうビルがならび,ゆうそうや外国人たちは,こちらの地区に住んでいるという。

 じっさいに新市街に足を運んだぼくは,この目をうたがった。

 きゅうがいからさほどはなれているわけではない。少々歩くが,十分歩いて行けるきょである。それなのに,その景色はげきへんする。ならこうそうビルにショッピングセンター,どこかでみたことのあるようながいけいのチェーン店……。
 「なんということか。たった少しどうしただけで,これほどまでに町も人も変わってしまうなんて……。」  先にも書いたように,このようなげんじつは決してめずらしいことではない。例えばブラジルでは「ファベーラ」とばれるスラム街のすぐ横を1億円のフェラーリがはしけて行ったり,インドでは高級ホテルのすぐうらに広大なスラムがあったりする。

 ぼくはJICAのしょくいんの方に話を聞いてみた。「ちょっとどうしただけで町の景色が一変するんですね。これだけひんの差があると,やはりゆうそうや外国人がねらわれるけんも多いのでしょうか?」と。
 すると,しょくいんの方はこう答えてくれた。「多いですよ。ですからJICAでも,細心の注意をはらって町に出るように伝えています。でも,まだ日本人は良いですよ。パナマでは日本人に対する印象が良いので,日本人だと分かると温かくせっしてくださる人も多いですから。」
 パナマの人々が親日的なのは,第二次世界大戦で日本が最後までアメリカにたいこうしたから(つまりパナマは反米的な思想が強いようである),ということらしいので,戦争に由来する理由は本当なのかは分からない。しかし,かりにそうだとしても,戦後に日本が悪いいをしていたら,いつまでも親日的であるということはなかったであろう。

 そしてこのパナマは,東日本だいしんさいの直後にも,だいとうりょうが急きょ日本大使館をほうもんし,しんさいに対するおいとパナマせいとしてできることは協力したいというむねを伝えたのである。さらに,パナマシティのだいせいどうついとうミサもおこなわれ,がい大臣があいとうと連帯の意を表したのである。

 そのような事実があるということを,果たしてどのくらいの日本人が知っているのだろうか。  小学校を後にしたぼくは,歩いて「きゅうがい」へと向かった。こうそうビルやショッピングセンターがならぶ景色はぼくの後ろに流れていき,ふたたけんふんただよう世界へともどってきた。

 ぼくたちが日本にらしていて目にする世界は,あまりにもせまい。日本人は平和ボケしているとよく言われるが,平和ボケができる国に住めているなんて,なんて幸せなんだろうとも思う。
 しかし,ぼくたちは1つの星に住んでいるのである。今回の話のようなげんじつも,決して他人事ではないはずだ。わかものよ,いっしょに世界の未来を考えていこう!

豆知識

パナマ
パナマ共和国
首都 パナマシティ
面積 75,517平方キロメートル(北海道よりやや小さい)
人口 約393万人(2015年 年現在 ねんげんざい
言語 スペイン語

もっと知りたい!

パナマうん
太平洋と大西洋を結ぶ,全長約80kmのうんこうもん(こうもん)という水面をしようこうさせてつうさせるシステムを使ってきたんだけど,長さ294.1メートル,はば 32.3メートルまでの船にしかたいおうできず,せんぱくの大型化が進むにつれてつうできない船がぞうしていたんだ。 2016年6月26日,2007年より進めてきたうんかくちよう工事がついにしゆうりよう。これによって,長さ366メートル,はば49メートルまでの大型船にたいおうできるようになったんだよ。
パナマシティ
パナマの首都パナマシティは中米有数の大都市であり,世界的にひようも高いきんゆう都市なんだ。新市街に行くと見上げるようなこうそうビルがたくさんならび,そのはつてんぶりにはおどろかされるよ。ぎやくきゆうがいには歴史的なけんぞうぶつが多く残っており,世界ぶんさんに登録されている地区もあって,たくさんの観光客を集めているんだ。